01


俺、こと久瀬優希はこの春めでたく府立若葉高校に入学を果たした。

自転車で片道30分。
入学式当日の寝坊はお約束。
優希は息を荒くさせながら自転車のペダルを踏み込み、父親に入学祝にねだった少々値の張る腕時計に視線をやる。

「やっべーーー!!」

どうにもこうにも時間に余裕はまったくない。
叫ぶことで何とか平静を保ちつつ、優希は一心に自転車を漕いだ。


限界突破までに両足を行使して着いた校門には一つの影が佇んでいた。
「男前に磨きがかかってるな」
乱れた髪と着崩れた制服を皮肉りながら、肩で息をする優希に声をかけたのは同中の清水戒だ。
「ったく。入学式当日にわざわざ寝坊なんて、お前はアホか?」
短く嘆息してさっさと歩き始めた戒は一年用の駐輪所まで優希を案内する。
「俺だって好きで寝坊したんじゃねーってのっと」
減らず口を叩きつつ、自転車の鍵を回収した優希は風でセットも何もない髪を手櫛で直し、よれた制服の埃を払う。
「けど遅刻しないように飛ばして来た所は努力賞ものだろ?」
あっけらかんと言ってのける優希に、説教の一つでもしてやろうと振り返った戒はふと視線を止めた。
「ネクタイはどうした?」
若葉高校の制服は基本ブレザーでネクタイは要着用だ。
第一ボタンを開けながらも真面目に締めている戒を他所に優希の胸元は涼しい。
「ん?いやぁ、どうにも結び方分かんなくってさ、結んで?」
ポケットからネクタイを引っ張りつつ首を傾げておねだりのつもりなのだろうが、戒は何のリアクションも返す事無く優希を無視して歩き出す。
「なぁ戒ー、俺のネクタイ何とかしてくれよ〜」
情けない声を上げながら後ろを歩く優希に、戒は溜息を溢すかと思えばフン、と鼻を鳴らして笑った。
「自分の面倒くらい自分で見るんだな。大体お前は俺に新婚みたいに結べっていうのか?」
整いすぎている端正な顔をほんの少し歪めながら戒は優希からネクタイを奪った。
「赤羽中の制服が学ランだったと言うわけだから目を瞑ってやりたいが、普通ネクタイの締め方くらい入学式までに覚えておくもんだろ」
戒はそのままネクタイを握ったまま歩き出す。
「藤原に頼むか」
ポツリと溢された戒の呟きに、すぐさま優希が反応する。
「えー!それなら自分でやる!出来ないけどやるって!戒!!」
ぎゃんぎゃん叫びながら戒からネクタイを奪回しようとするがあっさり回避された上に数歩先に逃げられる。
戒は軽やかに走り出していた。
「時間がないぞ、急げ」
楽しそうに声をかける戒の顔は、天使の皮を被った悪戯好きの悪魔の笑みが貼り付けられていた。






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