05
入学式以外特に何もなく、狭い教室で琿俵の話を聞き、これからの生活を想像して今日はおしまい。
さっさと帰るかと優希は鞄に手をかけた。
「あ、優希!帰りに・・・」
「あ?」
返事を返すよりも先に、ズボンのポケット辺りから軽快な振動を感じる。
振動の主を引っ張り出すと愛用の銀細工のストラップが揺れて光沢を放つ。
ディスプレイが光を放ち、送信者の名前を表記しているそれを手馴れた動作で操作し、メール画面を呼び出した。
【先帰るぞ】
絵文字も何もない、簡素間簡潔な文字の羅列に優希は返信もせずに携帯を元のポケットに滑り込ませる。
「悪い、先帰るな」
「んだよ、彼女?」
朝比奈が苦笑しつつふざけた調子で優希を小突く。
「あんなごつい彼女はお断りだっつーの。同中のダチ。朝比奈も来るか?」
優希の言葉に朝比奈はもちろんと頷き鞄を肩から下げた。
校門で優希の同中のダチとやらと合流した朝比奈は、これ以上にないほど目を見開き驚いていた。
(何だこいつ!?すっげえ美形!)
戒の髪は同年代の男子より平均して長い。一見は根暗とも見えるそれだが、カラスの濡れ羽の様なしなやかな黒髪の奥にある強い意思を含む鋭い目や、すっと通った鼻筋、引き結ばれた口元といった戒の端整な部分がその印象を直ぐに払拭させてしまう。
「戒!わりー、待たせた」
実際の所は悪びれてはいないが、社交辞令のようなものだ。
そして戒の隣にある人影を見て優希は一層表情を和らげた。
「お、五十嵐〜。お前もおんなじ方向?」
「まぁね」
「で、そいつは誰だ?」
戒が特に興味はないが何となくといった風に朝比奈を指差し尋ねる。
指差された朝比奈は今だ戒の美貌に放心気味で、それを無視して優希が代わりに紹介をする。
「こいつ朝比奈。んで、無愛想なのが清水でちっこいのが五十嵐な」
指差しつつの無礼千万の紹介に朝比奈はかろうじて頷いた。
「・・・初対面から思ってたけど君って失礼だよね」
五十嵐は軽い溜息をつきながら優希を見上げるが、しょうがないと認める自分もいる。
仕方がないことだ。
何せ五十嵐の身長は同年代の少年達と比べて目立って低いのだから。
「そっかぁ?悪いな」
軽く謝罪を述べる優希。そこでやっと現実世界に返ってきた朝比奈は五十嵐に向かって指を指した。
「五十嵐って・・・山神学院の五十嵐?」
刹那、丸眼鏡の奥の五十嵐の瞳がそっと細められ鋭さが増す。
「山神学園?」
「超名門難関エスカレーター式エリート校」
戒と優希の受け答えの中、朝比奈が続ける。
「お前だろ?わざわざ若葉校に転入して来た奴って。どんな嫌味野郎かと思ってたけど・・・あんたかぁ」
そう言いまじまじ五十嵐を見下ろす朝比奈。
不穏な空気をかもし出す五十嵐だが、朝比奈は気付く様子もなく一人納得している。
そこに、一段と大きな溜息が響いた。
「あんたは」
一呼吸。
その間に場は沈黙する。
「すごくムカつくね」
刺々しい言葉に温度のない音声。
吐き捨てるようにいい、五十嵐はさっさと歩き出し、その後を戒が続き歩き出す。
残された二人は見つめ合う事もなく、ぼんやりと呟いた。
「俺、怒らせたっぽい・・・?」
「・・・ぽいな」
居心地の悪い沈黙。
「・・・まぁ、でも何とかなるだろ。俺も帰るわ。またな、朝比奈」
勢いよく手を振って自転車のサドルに腰を落ち着かせると、優希は颯爽と二人の後を追っていった。
残された朝比奈は呆然と立ち尽くすしかなかった。
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